2008年4月29日 (火)

USキーボード

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ご無沙汰いたしております。

今まで使っていたDellの“Inspiron710m”がそろそろ役不足になってきたので、“M1330”を導入しました。

Core2 Duo 2.1GHz, 4GBメモリ, 250GB HDD”と、少し前のスペックながら、11万ならとりあえず納得。出張で持ち歩くため“重さ”が問題なので、MacBook Air並なら申し分ないのですが、1.8kg

で妥協しました。

ところが「どうせ入力はローマ字だし、鬱陶しいのでUSキーボードにしよう・・・」と思ったのが運のつき。“(”が一つずれるくらいはマックで経験していましたが、“@”(の半角)が出ない~

どうもIM切り替えの問題のようですが、参ったなぁ。毎回タスクバーから呼び出すのは、あまりに面倒 (+_+)

ショートカットを設定してもまともに動かないし、思わず「F**k you !」などと叫びたくなりました。

う~ん、アメリカン(爆)。

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2007年11月11日 (日)

“本当のことなら言ってもよい”か?

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ちょっと気の利いた中学生なら、即座に首を横に振るでしょう。

例の、「友人の友人はアルカイダ。」のこと。
法務大臣なら公安に調査を命じ、調査結果を待って、慎重に進めるべきだと思います。

もっとも、これは公人としてのお話。
誰しも、“墓場まで持っていく”ことを、いくつか抱えているのではないでしょうか?

大学時代、某観光地で“あるカップル”を目撃しましたが、二人の立場を考えて一切黙っておりました。十数年後、たまたまそのお二人が結婚したことを知り、(ほっとして)友人に打ち明けたところ。「あの時黙っていてくれて、本当に助かった。」と、彼女に漏らしていたそうでした(向うも気付いていたのね・・・)。

死刑”問題のときも、とんでもない人だと思っていましたが、これはひどいですね。「本当のことしか言っていない。」と、開き直っているようですが・・・

わたしなら、こんな大臣を友人に持ちたくありません。

あまりに頭にきたので、久々に一言。

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2007年7月26日 (木)

“漱石の夏やすみ”房総紀行『木屑録(ぼくせつろく)』高島俊男

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漱石が房総を旅して、“漢文”の紀行を残していたとは知りませんでした。

23歳の頃だそうです。

友人の子規に宛てた戯作のようなものですが、借り物である中国語を用いて思考しようという“離れ業”について、考えることが出来ました。

もともと中国語は“音声言語”であって、その音調を離れては意味を成さないものであるにもかかわらず、字面をもって思考(もどき)を行うのは、かなり怪しい行為と思われます。

恋を囁き、感情を伝えるのは、やはり“声(言葉の響き)”でありましょう。

「異性ひとりを口説けないで、他の人を納得させることはありえない。」というのが持論ですから、言葉の響きを無視した文章には我慢なりません(笑)。

そのような“漢文”による思考を批判するのと同時に、「しかし、まったくむだであったわけではない。自分たちとは無縁の生活に根をもち、自分たちの知らない言語で書かれた書物をよんで理解する、さらにその文章をまねして書くためには、つよい知的腕力を要する。日本人の、こどものころからのその訓練が、日本人の頭脳をきたえた。そうやって代々きたえたあたまで、日本人は幕末維新をのりきり、西洋の文化をうけいれ、あるいはたちむかった。」というくだりもあって、うならされました。

他国の人に“日本の文化”をかたるとき、参考になるのではないでしょうか。

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2007年6月30日 (土)

“人類が知っていることすべての短い歴史”

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 某日横浜の有隣堂で手にして、「これは面白そう」と思ったものの、ちょっと重かったので、「アマゾンで買おう」と思ったのが運のつき。検索したら売り切れで、3000円のはずが、4000円以上のプレミア・・・数週後に再び行ったときには、やはりなくなっていました・・・で、御茶ノ水に行ったついでに三省堂を覗いたら、「あった~!」

 前振りが長くてスミマセン、これはビル・ブライソン(1951~)という作家( http://www.litrans.net/nf/siryoukan/writer/Bryson0302.htm またはウィキペディア参照)が書いた、量子物理~宇宙物理~地球物理~生物学~分子生物学と縦横無尽に、“我々が知っていること”をまとめあげた本です。

 おのおのの項目について詳しく掘り下げるというよりは、“ざっくり”とその分野の流れを解説するという趣で、人間の常として大量の“ゴシップ”がちりばめられており、それはそれで飽きさせません。

 例えば、現在“鉛”の毒性に疑いを持つ人は殆どいないと思いますが、その排除に地球の年齢を測定しようとして“鉛”の濃度が1923年を境に急上昇することに気付いた、クレア・パターソンの活躍がありました。有鉛ガソリンを製造・販売するエチル社からの圧力に負けず(アメリカが、企業の圧力に弱いのは皆様ご存知の通り)、1986年に有鉛ガソリンを販売中止に追い込み、直ちにアメリカ人の血液に含まれる鉛が80%減少したそうです。

 これは、環境問題の本ではありません。純粋に、地球の生い立ち・生命の成り立ち・・・など、いかに危うい知識の元に我々がいまを行き将来を計画しているか・・・ということに思いを抱かせてくれる本です。え?話が大きすぎる? 今いい加減にやっても、誰か尻拭いするさ~という“社会保険庁”に怒る気力があるあなたなら、大丈夫です。

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2007年6月25日 (月)

“国立ロシア美術館展”など、など・・・

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第九の怒涛”繋がりです。

先日、ふと“国立ロシア美術館展”の案内を目にし 「?! アイヴァゾフスキーの画もあるの? 行かなくちゃ! え” 78日まで?」・・・というわけで行ってまいりました、東京都美術館。“第九の怒涛”を見たのが1977年ですから、実に30年ぶり。

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小雨の降る中、まず御茶ノ水へ。宿にチェックインして、腹ごしらえをしようと新北京に行くと、結婚式の二次会のようで貸切。仕方がないので、ルームサーヴィスで“醋滷麺(つーるーめん)”をオーダー。これは、鶏のスープに花椒(ホワジャオ)油で炒めた豚のひき肉、湯通した車えび、ニラが乗った“塩ダレ冷やし中華”。夏の逸品。

一休みして、上野へ。画を見に出かけるのは実に久しぶりで、我ながら「元気になったな~」。二枚ほど三十年ぶりの再会がありましたが、後は初めての画ばかり。お目当てのアイヴァゾフスキーは、歳をとった所為か“波”の大きな画よりも、「月夜」という静かな作品に惹かれました。http://www.rusmuseum.jp/gallery/index.html 
ゲーやクラムスコイの“肖像”もよかった。

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あ、カーマでカレーも食べました(爆)。これは★★★☆。直後は三つだったのですが、スパイスの角が今ひとつ立っていないながらも“もたれない”ので三つ半。


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2007年5月11日 (金)

「海の波を見る-誕生から消滅まで」 光易恒

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 毎日毎日海を見て、週に一度はその写真を撮っていると、いやでも「いろいろな波がある」ことに気づかされます。先日も、風がないのに低い音を伴ってうねりが押し寄せたりして、驚きました。

 ・・・といったことが意識下にあって、目にとまったのでしょうか? 「海の波を見る」(岩波科学ライブラリー)

 波の誕生(さざなみ)から、波形勾配の大きい青年期の波、波齢が一となった壮年期の波、うねりとなった老年期の波・・・う~む深い。ちなみに、“波形勾配:波の高さを波長で割ったもの”とか“波齢:波速を風速で割ったもの”など、この本ではじめて知りました。一瞬、「海洋波の物理」も買おうかと(爆)・・・こちらは、黒オヤブンの管轄ですね。

 “たとえば「白波」は、砕波の峰が気泡で白く見えることから来た言葉で、『新古今和歌集』にも頻繁に現れる。一方の「白馬」は、白く見える海水を背後に残して進む波の姿が、鬣(たてがみ)をなびかせて疾走する白馬のように見えるからではないかと思われる。漁師の人たちがよく使うようだ。アイヌ語には、「イセポ・テレケ(兎がとぶ)」という言葉もあるらしい。”

余談:文中に“第九の怒濤”という画が出てきて懐かしくなり、30年前の美術展のカタログを探し出しました。ん?30年前!

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2007年5月 5日 (土)

「輝く日の宮」 丸谷才一

 

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 久々に、小説らしい小説を読みました。

 オリジナルは2003年に出版され、昨年の6月に文庫化されたものですが、はて? 何故手にしたのだったか? “年の残り”を古本で読み返した、その勢いか? 中学時代、国語のT先生がふと漏らした「源氏物語を読んでいないような方とは、お付き合いできませんね。」という一言が、いまだに脳裏を離れないためか?

 とまれ、杉安佐子の松尾芭蕉研究から源氏物語の中に入り込み、主人公たちが源氏の登場人物と(私の中で)渾然となり、最後には紫式部と藤原道長のお話となって「そもそもの発端である“輝く日の宮”が消え去ることによって、物語が(時を越えて)生きてゆく」という重層構造を満喫させていただきました。

 一見ペダンチックですが、思わず涙するところもあり、流石です。

 「生きてゆくのはあれこれと面倒で、厄介だし、それがもうしばらくつづくわけだと自分に言ひ聞かせた。」


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2007年5月 4日 (金)

“連接車” 鉄道ピクトリアル

 

51tgdfdlmyl_ss500__1 久しぶりの、鉄道ネタです。

 先月本屋でぶらぶらしていたら、目に飛び込んできた、特集 連接車”という文字

 “連接車”って、小田急の(旧)3000系を初めとするロマンスカー・シリーズと、いくつかの軌道車(路面電車)くらいしか頭に浮かばず・・・「なんとマニアな」・・・で、当然買ってしまいました(爆)。

 ちなみに、連接車とは「車両と車両の間に台車がある」もので、「車両の両端に台車がある」タイプはボギー車と呼ばれ、こちらの方が数の上では圧倒的多数。一番単純な連接車のメリットは、“急曲線での通過機能”(急カーブを通過する上で有利)ですが、普通は“どこに台車があるか?”なんて、気にしませんよね・・・

 その“連接車”が、小田急のSE車(表紙左上)として1957年に登場した背景には、新宿-小田原間82.8kmを、東海道線に負けない時間で結びたい・・・という、当時の経営・技術陣の願いがありました。カーブ・急勾配が多く、レールや路盤も劣った路線を、何とか高速で駆け抜けるために、連接車の導入と徹底した軽量化が図られました。そして、この名車は国鉄線内(東海道線)での高速試験で、当時の狭軌世界最高である145km/hを達成したのです。

 中学時代は、“鉄道ピクトリアルと併せて“電気車の科学”という技術者向けのさらにディープな本も定期購読していました。よくもまあ、日本車両製造とか川崎重工業に就職しなかったものです(笑)。

追記:この雑誌、数年前に“車両のドア”という特集を組んでいました(絶句)。そこで感心したのは、「JR東日本が首都圏で使用している通勤電車は約8000両にのぼり、それらのドアの開閉回数は年間に概算すると、おおむね250億回となる・・・ドア故障率を半減させるには、その故障率を10億分の1にまで高める必要がある。」というくだり。あの満員電車の圧力に耐えつつ、これだけの信頼性を確保しなければならない・・・裏方的な話ですが、大変な努力です。日本の底力ですね。


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2007年4月15日 (日)

“それでも脳は学習する”山田規畝子~“リメンバー”パット・マルティーノ

 

406213859x01_sclzzzzzzz_v43690997_aa240__1 20047月の雑記帳に“壊れた脳 生存する知”という本を紹介させていただきましたが、その続刊です。

・・・が動かない”という障害は認識されやすいのですが、見た目に十全な状態で“認知機能”や“記憶”に異常をきたした“高次脳機能障害”は、どちらかというと理解されにくい障害であるといえます。今回は、ご自身のブログに書き記された内容が主です。

「なくしたと思われる能力でも、ずっとやってきたこと、好きだったことなら、もう一度やってみれば、脳は必ず何かを覚えているし、今日やったことも覚えて、明日はもう少し元気になります。」

前著では、高次脳機能障害の“不思議”な現象が記憶に残りましたが、本書ではリハビリを通して、社会と再びかかわっていく様子や折々の雑感がつづられています。興味のある方は、ぜひご一読を!

 

Pat_3 で、唐突にパット・マルティーノというギタリストのお話1980年に脳動脈瘤の手術をし、生還はしたものの、記憶を失ってしまいます・・・が、驚異的な快復で、昨年は“Remember”というアルバムを出しました。その方の最近のインタヴューから・・・

(ウエス・モンゴメリーのアルバムの中で、好きな三枚は?と尋ねられ、グルーヴ・ヤード”と“ボス・ギター”が突出している・・・あと“フル・ハウス”と“フュージョン”をあげます。さらに「その理由は?」との問いに答えて) 「君は小さいころに遊んでいたおもちゃがなぜ好きだったのかを説明できるかい? そう、理由などないんだよ。ウエスのアルバムは私にとっての遊び道具だったんだ。何度も何度もかけて、ただ心地よく、喜びを感じさせてもらえるものだった。私は脳の手術で過去の記憶を失った。記憶をたぐり寄せていくときにレコード・コレクションを見てみた。そこにはウエスのアルバムの曲名の横にボールペンで書いた丸印や、「3/46/8?」などのメモをしてあるのを見付けた。ティーンだった私が曲のスピードと拍子の採り方に迷って書いたものなのだろうが、10代のころの筆跡があるそのアルバムを見たときに、私は人生のうちで最も楽しかったことを思い出したんだ。」(Jazz Guitar Book vol. 12pp 8-11: シンコー・ミュージック)

還って来る”には、そんな記憶が大切なのかもしれません。

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2007年3月31日 (土)

結婚式・御茶ノ水・「物理学の未来」

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先日、結婚式(@目白)に招待され、ついでにお茶の水で本屋めぐり。どうも“頭”は治ったようで、膨大な背表紙をスキャンしても、一向に苦になりません(笑)。しかし、文学や音楽関係の棚には心動かず、買ったのは“物理学の未来”A Different Universe, Reinventing Physics from the Bottom Down という、ロバート・B・ラフリン氏のエッセイのような本。

難しい数式は一切出てきませんが、現代物理学の大まかな知識がないと、ちょっと読み飛ばすのはキツイかも・・・

本のテーマは“創発”(self organization of matter)というなにやら怪しげな言葉ですが、元をたどれば「還元主義的に分子→原子→素粒子→クオーク→・・・ひも理論・・・と辿って行き、もうこれが科学の“彼岸”だと納得するのは如何なものか?」というアンチテーゼです。極端に微細な事象を見て納得してしまうのは、“群盲像をなでる”の例えがあるように、部分としては正しいが全体としては必ずしも正しくない。

それにつけても思うのは、“×××の原因解明”という無責任なニュースの見出し・・・私の知る限り“一箇所”が原因で病気になる理由が解っているのは、慢性骨髄性白血病における遺伝子転座で生じるbcr/ablという融合遺伝子の産物など数えるほど。他は“その異常があれば、ある病気の一部は悪化するだろうが、それだけではすべての説明は出来ない”ようなものばかり。研究者の側からすると、そうでも書かないと予算は取れないし、細部の積み重ねが全体像を掴む上で必要なのは確かです。しかし、例えば“サイトカイン受容体”というもの一つをとっても、下流のシグナル伝達経路は共通のものが多く、“なぜサイトカインの種類によって生体の反応が異なるのか”という基本的なことすら解っていないのです。

科学が進歩して、“もう我々の知らないことは、多くない”と考えるのは、性急にすぎます。詰まらない“花見酒経済”や、もっとも無益な消耗である“戦争”を止めて、次世代の“知”を担う貴重な人的資源を適正配置するべきでしょう。

ラフリン氏のHPはこちら↓

http://large.stanford.edu/rbl/index.htm 

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