2009年1月29日 (木)

John Updike

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ジョン・アップダイク氏が亡くなりました.
奇しくも私の誕生日に.
30年以上のお付き合いでした,現役でこれだけ長く付き合った作家は他にいません・・・
若島正さんの“乱視読者の英米短編講義”に,“屋根裏部屋の巨人”という章があって全く同じようなことを書いてらっしゃいました.
前にも何回かこの雑記帳に登場していますが,とりわけ「彼は手紙をシャツのポケットに突っ込んだ。するとその固い感触が彼の心臓を盾のように守ってくれるような気がした。こうして身がためをして、彼はなつかし い街に出て行った。楓や砂利道や影や家並みやコンクリートなどが、彼の痛めつけられた目には、ふと思い出した芝居の印象的な場面のように、まばゆかった。 人生というものが遠い国での冒険であり、噂であり、常にこれからはじまろうとする喜びであるこの街で、彼はふたたび子供にかえった。」(The Persistence of Desire)という一節は忘れられません.
あなたに出会わなければ,少し違う人生を送っていたような気がします.

ありがとう.

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2009年1月13日 (火)

For the Love of Vinyl: The Album Art of Hipgnosis

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日本のアマゾンでも扱っているようですが,500円ほどケチってUSに注文.
http://www.amazon.com/Love-Vinyl-Album-Art-Hipgnosis/dp/0981562213/ref=pd_bbs_sr_1?ie=UTF8&s=books&qid=1231854375&sr=8-1 
届くのは二週間後くらいかな?
懐かしいったらありません (^_^)/~~

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2008年7月10日 (木)

「もう一度食べたい 昭和の味」別冊暮らしの手帳 60周年記念号

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週に一度地元の本屋に行くと、音楽雑誌、オーディオ雑誌、文庫の新刊、新刊(ハードカバー)と廻り、最後に料理本のコーナーを冷やかします。で、これを発見。目にした瞬間、「懐かしさに涙が出そう」。エッセイも豪華ですね、平塚らいてう、幸田文、獅子文六、中谷宇吉郎、石井桃子、サトウ・ハチロー、花森安治。

この中の「すごくからいとりのカレー」(昭和44年・2世紀3号)は特に記憶に残っています。というのも、亡父が「これを作りたい」と言い出し、結局未完に終わったから(爆)。理由は、クミンシード、コリアンダー、月桂樹の葉(ベイリーフですね)、八角(え、こんなものも?)、(粒)黒コショー、カルダモン、クローブ、ターメリック、オールスパイス、シナモン、キャラウェイ、チリパウダー、カイエンペッパーおよびナツメグというスパイスを全部集めることができなかったため。今ならちょと大きいスーパーで全部揃いますが、当時は結構大変だったようです。

ひょっとしたら私のカレー好きは、そのときの充たされぬ思いが高じたものかも知れません。

もし書店で見かけましたら、ぜひ一度お手に取ってください。

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2008年4月29日 (火)

USキーボード

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ご無沙汰いたしております。

今まで使っていたDellの“Inspiron710m”がそろそろ役不足になってきたので、“M1330”を導入しました。

Core2 Duo 2.1GHz, 4GBメモリ, 250GB HDD”と、少し前のスペックながら、11万ならとりあえず納得。出張で持ち歩くため“重さ”が問題なので、MacBook Air並なら申し分ないのですが、1.8kg

で妥協しました。

ところが「どうせ入力はローマ字だし、鬱陶しいのでUSキーボードにしよう・・・」と思ったのが運のつき。“(”が一つずれるくらいはマックで経験していましたが、“@”(の半角)が出ない~

どうもIM切り替えの問題のようですが、参ったなぁ。毎回タスクバーから呼び出すのは、あまりに面倒 (+_+)

ショートカットを設定してもまともに動かないし、思わず「F**k you !」などと叫びたくなりました。

う~ん、アメリカン(爆)。

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2007年11月11日 (日)

“本当のことなら言ってもよい”か?

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ちょっと気の利いた中学生なら、即座に首を横に振るでしょう。

例の、「友人の友人はアルカイダ。」のこと。
法務大臣なら公安に調査を命じ、調査結果を待って、慎重に進めるべきだと思います。

もっとも、これは公人としてのお話。
誰しも、“墓場まで持っていく”ことを、いくつか抱えているのではないでしょうか?

大学時代、某観光地で“あるカップル”を目撃しましたが、二人の立場を考えて一切黙っておりました。十数年後、たまたまそのお二人が結婚したことを知り、(ほっとして)友人に打ち明けたところ。「あの時黙っていてくれて、本当に助かった。」と、彼女に漏らしていたそうでした(向うも気付いていたのね・・・)。

死刑”問題のときも、とんでもない人だと思っていましたが、これはひどいですね。「本当のことしか言っていない。」と、開き直っているようですが・・・

わたしなら、こんな大臣を友人に持ちたくありません。

あまりに頭にきたので、久々に一言。

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2007年7月26日 (木)

“漱石の夏やすみ”房総紀行『木屑録(ぼくせつろく)』高島俊男

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漱石が房総を旅して、“漢文”の紀行を残していたとは知りませんでした。

23歳の頃だそうです。

友人の子規に宛てた戯作のようなものですが、借り物である中国語を用いて思考しようという“離れ業”について、考えることが出来ました。

もともと中国語は“音声言語”であって、その音調を離れては意味を成さないものであるにもかかわらず、字面をもって思考(もどき)を行うのは、かなり怪しい行為と思われます。

恋を囁き、感情を伝えるのは、やはり“声(言葉の響き)”でありましょう。

「異性ひとりを口説けないで、他の人を納得させることはありえない。」というのが持論ですから、言葉の響きを無視した文章には我慢なりません(笑)。

そのような“漢文”による思考を批判するのと同時に、「しかし、まったくむだであったわけではない。自分たちとは無縁の生活に根をもち、自分たちの知らない言語で書かれた書物をよんで理解する、さらにその文章をまねして書くためには、つよい知的腕力を要する。日本人の、こどものころからのその訓練が、日本人の頭脳をきたえた。そうやって代々きたえたあたまで、日本人は幕末維新をのりきり、西洋の文化をうけいれ、あるいはたちむかった。」というくだりもあって、うならされました。

他国の人に“日本の文化”をかたるとき、参考になるのではないでしょうか。

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2007年6月30日 (土)

“人類が知っていることすべての短い歴史”

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 某日横浜の有隣堂で手にして、「これは面白そう」と思ったものの、ちょっと重かったので、「アマゾンで買おう」と思ったのが運のつき。検索したら売り切れで、3000円のはずが、4000円以上のプレミア・・・数週後に再び行ったときには、やはりなくなっていました・・・で、御茶ノ水に行ったついでに三省堂を覗いたら、「あった~!」

 前振りが長くてスミマセン、これはビル・ブライソン(1951~)という作家( http://www.litrans.net/nf/siryoukan/writer/Bryson0302.htm またはウィキペディア参照)が書いた、量子物理~宇宙物理~地球物理~生物学~分子生物学と縦横無尽に、“我々が知っていること”をまとめあげた本です。

 おのおのの項目について詳しく掘り下げるというよりは、“ざっくり”とその分野の流れを解説するという趣で、人間の常として大量の“ゴシップ”がちりばめられており、それはそれで飽きさせません。

 例えば、現在“鉛”の毒性に疑いを持つ人は殆どいないと思いますが、その排除に地球の年齢を測定しようとして“鉛”の濃度が1923年を境に急上昇することに気付いた、クレア・パターソンの活躍がありました。有鉛ガソリンを製造・販売するエチル社からの圧力に負けず(アメリカが、企業の圧力に弱いのは皆様ご存知の通り)、1986年に有鉛ガソリンを販売中止に追い込み、直ちにアメリカ人の血液に含まれる鉛が80%減少したそうです。

 これは、環境問題の本ではありません。純粋に、地球の生い立ち・生命の成り立ち・・・など、いかに危うい知識の元に我々がいまを行き将来を計画しているか・・・ということに思いを抱かせてくれる本です。え?話が大きすぎる? 今いい加減にやっても、誰か尻拭いするさ~という“社会保険庁”に怒る気力があるあなたなら、大丈夫です。

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2007年6月25日 (月)

“国立ロシア美術館展”など、など・・・

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第九の怒涛”繋がりです。

先日、ふと“国立ロシア美術館展”の案内を目にし 「?! アイヴァゾフスキーの画もあるの? 行かなくちゃ! え” 78日まで?」・・・というわけで行ってまいりました、東京都美術館。“第九の怒涛”を見たのが1977年ですから、実に30年ぶり。

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小雨の降る中、まず御茶ノ水へ。宿にチェックインして、腹ごしらえをしようと新北京に行くと、結婚式の二次会のようで貸切。仕方がないので、ルームサーヴィスで“醋滷麺(つーるーめん)”をオーダー。これは、鶏のスープに花椒(ホワジャオ)油で炒めた豚のひき肉、湯通した車えび、ニラが乗った“塩ダレ冷やし中華”。夏の逸品。

一休みして、上野へ。画を見に出かけるのは実に久しぶりで、我ながら「元気になったな~」。二枚ほど三十年ぶりの再会がありましたが、後は初めての画ばかり。お目当てのアイヴァゾフスキーは、歳をとった所為か“波”の大きな画よりも、「月夜」という静かな作品に惹かれました。http://www.rusmuseum.jp/gallery/index.html 
ゲーやクラムスコイの“肖像”もよかった。

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あ、カーマでカレーも食べました(爆)。これは★★★☆。直後は三つだったのですが、スパイスの角が今ひとつ立っていないながらも“もたれない”ので三つ半。


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2007年5月11日 (金)

「海の波を見る-誕生から消滅まで」 光易恒

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 毎日毎日海を見て、週に一度はその写真を撮っていると、いやでも「いろいろな波がある」ことに気づかされます。先日も、風がないのに低い音を伴ってうねりが押し寄せたりして、驚きました。

 ・・・といったことが意識下にあって、目にとまったのでしょうか? 「海の波を見る」(岩波科学ライブラリー)

 波の誕生(さざなみ)から、波形勾配の大きい青年期の波、波齢が一となった壮年期の波、うねりとなった老年期の波・・・う~む深い。ちなみに、“波形勾配:波の高さを波長で割ったもの”とか“波齢:波速を風速で割ったもの”など、この本ではじめて知りました。一瞬、「海洋波の物理」も買おうかと(爆)・・・こちらは、黒オヤブンの管轄ですね。

 “たとえば「白波」は、砕波の峰が気泡で白く見えることから来た言葉で、『新古今和歌集』にも頻繁に現れる。一方の「白馬」は、白く見える海水を背後に残して進む波の姿が、鬣(たてがみ)をなびかせて疾走する白馬のように見えるからではないかと思われる。漁師の人たちがよく使うようだ。アイヌ語には、「イセポ・テレケ(兎がとぶ)」という言葉もあるらしい。”

余談:文中に“第九の怒濤”という画が出てきて懐かしくなり、30年前の美術展のカタログを探し出しました。ん?30年前!

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2007年5月 5日 (土)

「輝く日の宮」 丸谷才一

 

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 久々に、小説らしい小説を読みました。

 オリジナルは2003年に出版され、昨年の6月に文庫化されたものですが、はて? 何故手にしたのだったか? “年の残り”を古本で読み返した、その勢いか? 中学時代、国語のT先生がふと漏らした「源氏物語を読んでいないような方とは、お付き合いできませんね。」という一言が、いまだに脳裏を離れないためか?

 とまれ、杉安佐子の松尾芭蕉研究から源氏物語の中に入り込み、主人公たちが源氏の登場人物と(私の中で)渾然となり、最後には紫式部と藤原道長のお話となって「そもそもの発端である“輝く日の宮”が消え去ることによって、物語が(時を越えて)生きてゆく」という重層構造を満喫させていただきました。

 一見ペダンチックですが、思わず涙するところもあり、流石です。

 「生きてゆくのはあれこれと面倒で、厄介だし、それがもうしばらくつづくわけだと自分に言ひ聞かせた。」


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